GEZANのフロントマンとして活躍するマヒトゥ・ザ・ピーポーさんの本名や出身地、年齢などプロフィールが気になる方も多いのではないでしょうか。
この記事でわかること
マヒトゥ・ザ・ピーポーの基本プロフィール
本名は非公開
本名は非公開となっています 。本人はインタビューで「本名より”マヒトゥ・ザ・ピーポー”という名前の方が自分を飲み込んでしまった」と語っており、名前を”創作人格”として使っているスタンス です。
ただし、下の名前が「マヒト」であることは明かされており、それを英語表記にした「Mahito」に「The People(人々)」を組み合わせた芸名となっています。
年齢は36歳(2025年時点)
基本情報
- 芸名: マヒトゥ・ザ・ピーポー(Mahito The People)
- 本名: 非公開(下の名前は「マヒト」)
- 生年: 1989年
- 年齢: 2025年時点で36歳
- 出身地: 島根県
- 国籍: 日本
- 主な活動: GEZAN(ボーカル・ギター)、NUUAMM、ソロ活動、小説家、映画監督
なぜ本名を公開しないのか
「マヒトゥ・ザ・ピーポー」が本当の自分
「本名よりもマヒトゥ・ザ・ピーポーという名前の方が、今の自分を正しく表している」という感覚を持っており、本名を明かさないのは隠しているというよりも、表現者としての名前のほうがリアリティを持っている からだと言えます。
「マヒトゥ・ザ・ピーポーって自分じゃない感覚もあるし、褒められてもいまだに自分のことじゃないみたい。ある意味、戦隊ものの着ぐるみに近い」 と本人は語っています。
名前に込められた思想
彼の名前にある「PEOPLE(人々)」には、彼自身の強い思想が反映されています。インタビューなどで語られる言葉からは、彼がこの名前を単なる芸名としてではなく、社会や大衆と向き合うための「人格(ペルソナ)」として扱っている ことがわかります。
学歴や本名のような”数字で語れるプロフィール”をあえて曖昧にしながら、作品や発言で自分を語るスタイルは、多くのアーティストの中でも特に異彩を放っています 。
出身地と生い立ち
島根県出身だが「地元」という感覚は薄い
出身は島根なんですけど、10回くらい引っ越したりしてるから、あんまりどこが地元みたいのがなくて。けど、大阪が長いですね と本人が語っています。
幼少期から頻繁に引っ越しを繰り返す生活を送っていました。その回数は10回以上に及ぶとも言われており、特定の「地元」という感覚が希薄であることが、彼のどこにも属さないような浮遊感や、場所にとらわれない活動スタイルに影響を与えている 可能性があります。
島根→大阪→東京への移動
活動拠点の変遷
- 幼少期: 島根県 で生まれ、10回以上の引っ越しを経験
- 2009年頃(20歳前後): 大阪でGEZAN結成
- 2012年(23歳頃): フジロックフェスティバルの新人公募ステージ「ROOKIE A GO-GO」への参加を機に活動拠点を東京へ移す
- 現在: 東京を拠点に全国・世界で活動
幼少期から転校が多い環境って、なかなか落ち着けないように思えるけれど、逆に”地に縛られない感性”が育ちやすいのかなと感じます。土地に馴染むというより、“自分の内部に居場所を作っていく”ようなタイプ と言えるでしょう。
GEZANとしての活動歴
2009年、大阪で結成
1989年生まれ。2009年、オルタナティブロックバンドGEZANを結成 しました。難波BEARSを中心として関西の音楽シーンにおいて活動を行う など、大阪のインディーズシーンで着実に存在感を高めていきました。
GEZANの主な活動歴
- 2009年: 大阪で結成。結成時は「下山(Gezan)」という表記
- 2012年: フジロックフェスティバルの新人公募ステージ「ROOKIE A GO-GO」に参加、活動拠点を東京へ
- 2014年: 青葉市子とのユニットNUUAMMを結成
- 2016年: メンバー脱退により活動休止
- 2018年: 活動再開
- 2023年: 自身のレーベル〈十三月〉からGEZAN with Million Wish Collectiveでニューアルバム『あのち』をリリース
大阪時代が育んだ音楽性
長く過ごしたという大阪時代の空気感も、現在の活動にしっかり影響している様子。大阪って独特のカルチャーも強いし、人との距離感もいい意味で近いので、GEZANとしてのライブスタイルや価値観に結びついている と考えられます。
音楽以外の多彩な表現活動
小説家として
2019年5月、初小説『銀河で一番静かな革命』を幻冬舎から出版 。この作品は4人の若者の内面を丁寧に描きながら、革命とは何か、変化とはどう始まるのかを問いかける物語 です。
主な著作
- 『銀河で一番静かな革命』(幻冬舎、2019年)
- 『ひかりぼっち』佐内正史(写真)共著(イースト・プレス、2020年)
- 『みんなたいぽ』荒井良二(イラスト)共著(ミシマ社、2023年)
- 『台湾余香 15人のクリエイターによる、台湾ガイド的ショートストーリー』(PARCO出版、2023年)
映画監督として
初めて監督・脚本を務めた映画『i ai(アイアイ)』が公開 されるなど、映像制作にも挑戦しています。
レーベル運営
独自の視点とスタイルで活動を続ける傍ら、レーベル「十三月」を主宰しており、バンド活動と並行してインディペンデントな音楽シーンの支援にも力を入れています 。
青葉市子とのユニット「NUUAMM」
2014年からは、青葉市子さんとユニット「NUUAMM(ぬうあむ)」としても活動 しています。
GEZANの攻撃的でエモーショナルな世界とは一転、NUUAMMでは静かで深い呼吸のような音が広がります 。同じアーティストとは思えないほど、全く異なる音楽性を持っています。
社会的発信とスタンス
SNSでの積極的な発言
音楽活動だけでなく、社会問題に対しても積極的に発言しています。「人間は混乱した生き物です。僕自身も朝と夜で考えが変わる日もあれば、毎日楽しいなって時もあるし、全てが最悪の時代だと落ち込むこともあります」と、人間の複雑さを認めながら表現を続けるスタンスを貫いています 。
SNSでも時事問題に対して率直な意見を発信しており、その姿勢が賛否両論を呼ぶこともありますが、一貫して自分の信念を曲げない姿勢が多くの支持者を惹きつけています 。
形式や権威に縛られない生き方
「形式的な肩書きや資格に頼らない生き方」を大切にしており、自身の人生観や表現哲学のなかで、学歴という要素が必ずしも重要ではないと捉えている 姿勢が、本名や学歴を公開しないスタンスにもつながっています。
まとめ:「何者でもない何か」を体現するアーティスト
マヒトゥ・ザ・ピーポーさんは、1989年生まれの36歳(2025年時点)。島根県出身ですが、幼少期から10回以上の引っ越しを経験し、特定の「地元」という感覚を持たずに育ちました。
本名は非公開で、「マヒトゥ・ザ・ピーポー」という芸名こそが本当の自分だと語っています。これは単なる芸名ではなく、社会や人々と向き合うための「創作人格」として機能しています。
2009年に大阪でGEZANを結成し、2012年に東京へ活動拠点を移して以降、音楽だけでなく小説、映画、レーベル運営と多岐にわたる表現活動を展開。既存の枠組みにとらわれない生き方そのものが、多くの人々に影響を与え続けています。
既存のルールに縛られず、自分の美学を貫く生き方は、多くの人々に勇気と衝撃を与え続けています 。本名や出身地といった形式的なプロフィールよりも、その作品と表現で自分を語り続けるマヒトゥ・ザ・ピーポーさんから、今後も目が離せません。




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