立憲民主党所属の参議院議員として活躍する田島麻衣子氏。国連職員から政治家へと転身した異色のキャリアを持つ彼女は、国際的な視野と実務経験を武器に国会で存在感を示しています。
この記事でわかること
- 田島麻衣子の学歴と職業経歴の詳細
- 国連世界食糧計画での具体的な活動内容
- 政治家としての現在の役職と活動状況
田島麻衣子の基本プロフィール
田島麻衣子氏は1976年12月20日、東京都大田区で生まれました。現在48歳で、立憲民主党所属の参議院議員として2期目を務めています。愛知県選挙区から選出され、党内では副幹事長や国際局副局長などの要職に就いています。
参議院では数多くの委員会で野党筆頭理事を務めており、経産委員会、行政監視委員会、法務委員会などで活躍しています。2025年7月の第27回参議院議員通常選挙では、改選数4に対して得票数2位で再選を果たしました。
田島麻衣子の学歴
高校時代
田島氏は1992年に青山学院高等部に進学しました。高校時代はフェンシングに熱中し、東京都私立高等学校フェンシング大会2年女子の部で準優勝を果たすなど、スポーツでも優秀な成績を収めています。同期が全員辞めてしまっても一人で練習を続けた努力家として知られています。
大学時代
1999年に青山学院大学国際政治経済学部を卒業しました。在学中にはフィリピンへのスタディツアーに参加し、スモーキー・マウンテンで貧困問題に直面したことが、後の国際支援活動への道を開くきっかけとなりました。
大学院での学び
2005年、イギリスの名門オックスフォード大学大学院に進学し、国際開発・人道支援の分野で修士号を取得しました。この経験が、その後の国連でのキャリアの基盤となっています。
田島麻衣子の職業経歴
監査法人時代
大学卒業後の1999年4月、田島氏は米国公認会計士の資格を取得し、新日本監査法人に入社しました。多国籍企業の監査や独立行政法人の業務効率化を担当し、財務分析のスキルを磨きました。この時期に培った論理的思考力と数字に強い感覚は、現在の政治活動にも活かされています。
NGOでの人道支援活動
2003年6月、田島氏は安定した監査法人を退職し、人道支援NGO「日本緊急救援NGOグループ(現・特定非営利活動法人ジェン)」に転職しました。イラク戦争難民のヘルスケア支援プロジェクトの会計を担当し、現場での支援活動に従事しました。
国連世界食糧計画での活躍
2006年、田島氏は国連世界食糧計画(WFP)に入所しました。
ラオス事務所での活動
2007年からラオス事務所に赴任し、貧困で教育の機会を奪われた子どもたちとその家族を支援する学校給食プログラムを主導しました。途上国の食糧支援の最前線で、飢餓や貧困問題の解決に向けて貢献しました。
イタリア本部とアルメニアでの勤務
2011年からはイタリア本部で人道支援の効果測定を担当し、その後はアルメニアに移住してテレワークでWFP全体の予算編成を担当しました。30代半ばに国連職員の夫と結婚し、夫の勤務地に合わせてアルメニアで生活しながら、国際的な業務を継続していました。
政治家への転身
2019年、田島氏は立憲民主党から参議院選挙愛知県選挙区に出馬し、初当選を果たしました。国連での実務経験を活かし、社会的弱者の支援や国際協力に関する政策を中心に活動しています。
国会では、子どもの虐待防止や働く女性の支援、難民受け入れなど、自身の経験に基づいた質問や提案を積極的に行っています。また、憲法改正や防衛政策、経済政策など幅広い分野で意見を表明しています。
家族について
田島氏には国連職員の夫と一人の息子がいます。2023年に小学校に入学した息子の子育てをしながら、政治家としての活動を両立させています。自身の経験から「女性が子どもを産みたい時に産み、働き続けられる環境づくり」を重要な政策課題として掲げています。
まとめ
田島麻衣子氏は、青山学院大学からオックスフォード大学大学院へと進学し、監査法人、NGO、国連と多様なキャリアを積んできました。特に国連世界食糧計画での10年以上にわたる経験は、彼女の政治活動の大きな強みとなっています。
国際的な視野と実務経験を持つ政治家として、現在も参議院で精力的に活動を続けており、今後の活躍が期待されています。



コメント